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エンリケ・モレンテ、最後のフラメンコ詩人、死去

「彼は天才だった」文化界、特にフラメンコ界の人々は、グラナダ出身のカンタオール、エンリケ・モレンテがマドリッドで死去したことを知り、口をそろえてこう言います。享年67歳でした。

モレンテの家族は、SGAEを通じて彼の死を発表しました。また「彼は素晴らしい創造者、そして素晴らしい人でした。彼の死は、私たちの心に、そして彼が人生の全てを捧げた音楽の心に、大きな穴をあけることになります。」とコメントしています。

また、彼の家族は、愛情を示してくれた全ての人々への感謝の気持ちを述べました。哀悼と敬意の言葉は葬儀が行われるマドリッドの教会( calle de Fernando VI, 4, Madrid )で今日火曜日午後3時からまた続きます。一般の人々も、多くの著名人が訪れた後、最後のお別れが可能です。

マドリッドのクリニック、ラ・ルスの医師団からの発表によると、カンタオールの心臓は月曜日16時40分に停止したとのこと。モレンテは、今月2日に入院し、2日後に手術を行いました。術後は通常の手順に沿い、術後の経過を見るため集中治療室に移りましたが、6日の明け方、状態が著しく悪化し、緊急手術が行われたそうです。

最後のフラメンコ詩人は、グラナダのアルバイシン地区で生まれ、今月25日で68歳になるところでした。彼はフラメンコの偉大な革新者の一人と言われています。彼の才能、関心、常に新しい表現法を求める姿勢は、様々な賞を通じて認められてきました。

彼はバイラオーラのオーロラ・カルボネルを妻にもち、3人の娘の父でもあります。娘の一人は、カンタオーラのエストレージャ・モレンテです。彼はマラガの画家、ピカソに敬意を表したドキュメンタリー「El barbero de Picasso (ピカソの床屋)」を製作中でした。

彼が受賞した多くの賞の中で、特筆すべき賞は、1994年に受賞したプレミオ・ナショナル音楽賞で、これは、フラメンコのカンタオールの史上初めての受賞でした。彼は1995年、ヘレスの「フラメンコロジーの教授」金メダル、セビージャの「コンパス・デ・カンテ」賞なども受賞しています。

参照記事: http://www.elmundo.es

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